編笠山散歩

 
 
 
 
 
                      
                      
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                      
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
投稿日時:2012/05/27 19:13:49 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアフォトライブラリー 

編笠山散歩〈悪い癖〉


今回の山行も妻の「山に行きたい」という有り難い一言から実行となった。

実はGWの計画も山登りとなっていたのだが、予定していた日(5月3日)の天候不順と、その後の自分自身の体調不良などですっかり流れてしまっていた。
体調も戻り、妻からのリクエストに、さて何処の山に入るか?その週に急遽思案することに。
(GWに予定していた山は友人と計画した山にて次回に持ち越し)

自分の中の第一候補は山梨県/瑞牆山(ミズガキヤマ)。以前から行きたかった山だ。

山の本をペラペラと廻りながら瑞牆山を再確認。「この(山)様相、妻はNGだな」と山頂のゴツゴツ切り立つ岩肌を見て思う。

前回で険しいのは懲りてるだろおしなぁ、でも行きたいなー・・・。

一応妻に打診を試みるも、山写真を見るなり案の定「NO!」の返事。かと言って妻自身からのリクエストは皆無にて取り敢えず瑞牆山は諦めて次の山を模索する。
次に目に留まったのは八ヶ岳連峰の西岳(2398m)だった。

西岳に注目したのは山そのものよりも2000m超えの標高にそそられた。
でも今度は自分自身に不安が、前回の登山から早半年。ブランクも開きオマケに結婚式を終え幸せ激太りの夫婦にいきなり2000m越えはかなりハードかぁ?と。

多少の自問自答は繰り返し起きたものの、行きたいと思うと是が非でも強行したくなる性格にも後押しされ、今度は妻に相談すること無く計画に入る。

八ヶ岳エリアの山行は自分自身初めてということもあり、時間の限られた中、慎重にリサーチした。
また経験者にも話を聞いた。北アルプスより(八ヶ岳)厳しいかもよという話も出て、行った先で勇気ある撤退も遠征だけに避けたいが、そんな話を聞いても行きたいという気持ちは変わらなかった。

何故だかもの凄く西岳に引き込まれた。

次々と出る大小の不安を払拭するため本屋に走る。
山地図を手に入れるためだ。いつもの本屋のいつものコーナーへ・・・しかしながら八ヶ岳、西岳の山地図が無い。

少し困って、近りを見回してみる。
背表紙に「八ヶ岳」(山と渓谷社)と書かれたガイド本に目が留まり手に取り暫しの立ち読み。
八ヶ岳連峰総てを網羅した本だった。
「欲しかったのは山地図なんだよな〜」と思いながらも読み耽る。

内容や登山ルートもかなり分かり易く載っていたため、持ち歩くには少し重いがご購入と相成った。
帰宅後は候補の西岳のページをくまなく見た。登山口を調べ、登頂ルートも丁寧に確認した。

一通りまとまり、頭の中でシュミレーションしている時に、何気なく隣のページにある山に目がいく。

それが、編笠山(2523.7m)だった。

誰が言ったかは知らないが“バカと煙りは高いところが好き”の言葉どおり、西岳よりも微妙に高い標高に魅了され編笠山のルートも調べてみることにした。

観音平から入山し、編笠山〜権現岳(2715m)〜三ツ頭(2580m)〜観音平に戻る縦走コースに一瞬にして心を奪われた。

ブログなど個人の山行記録にも一通り目を通し、朝一に発てば日没前に戻れそうだと確信した。
早い人だと昼過ぎには下山している。
このタイムはあまり参考にはならないが〈遅くとも日没前〉の部分で、あれだけ惹かれた西岳をあっさりと捨て、観音平からの縦走を決定した。
ただ一点、登山道にはまだ雪があるというのが非常に気になったが...。

出発3日前、夕飯の支度をする妻にあらためて今回の山行計画を報告する。

久々の山登りで縦走することに少し顔色が曇った様に見えたが、妻は一言「瑞牆山や、去年の十二ヶ岳みたいなコースじゃないよね!?」と返してきた。
前回のこともあり、また散々リサーチした後だったため、今回は包み隠さず、このコースも難所が多いことを説明した。
また自分でも気掛かりな残雪のことや、気温が朝晩は氷点下まで下がり、日中も10℃前後であるということも全て話した。

妻からは「寒いのは兎も角、アイゼン持って無いしどうするの?」、「(アイゼン)買わないよ」、「買ってまで行かないよ」と矢継ぎ早に言われ、当初の決意も一瞬萎えそうになったが、自分の行ってみたいという気持ちは妻に十分伝わったようで、妻からは「じゃー、絶対に無理はせず行けるところまでで」という条件付きで着地してくれた。

そして週末金曜日、仕事も終え帰宅とともに準備に入る。
妻は仕事が長引き帰宅は自分の方が先だった。
一通りの支度も完了し、後は妻の帰りを待つばかり。
(最近妻は新しい仕事を始め、元々の仕事も辞めずに都合2つの仕事をかけ持ちしている勤労者だ。)

何もしない待ち時間、一人自宅でゴロゴロしていると次第に山へ行く緊張した気持ちが緩みはじめる。
お腹も減り、仕舞いには睡魔まで襲ってきた。

9時近くになり漸く妻が帰宅する。
仕事帰りで疲れている妻をこちらも急かす訳はなく自然の流れに任せる。
遅い夕飯を二人で済ますと、楽しみだねーと盛り上がりつつも、まったりとソファーに凭れて、これまた自然に横になった。・・・と言うかなってしまった。

・・・目を閉じたのは一っ時だったような気がしたが、妻の慌てた声で目を覚ました。
状況は直ぐに把握でき、目もパッチリと開いたが、時計を見る勇気だけは恐ろしくて出来なかった。
妻からは「わぁー4時だよー!」と言われ、自分は「終わったな、いつもの悪い癖が出てしまった」と心の中で呟いた。
が、妻は「お風呂入って5時に出発だよ!」と自分とは対照的な前向き発言に「よし、行きますか」と自分も少し重ダルくなってしまった体を起こして、気持ちを入れ換えた。

自宅を出る頃にはすっかり目の利く朝焼けの中で、妻の発した目標通り腕時計は5時を指していた。

車のハンドルを有料のインターへと向けつつ、既に首都高は大渋滞が始まっているのだろうと想像するに、頭の中では編笠山縦走計画が物の見事に崩れていく音が聞こえていた。

「さて、どうする?、俺」

走りながら迷い始める。
この時間から安全に登れる山は?丹沢か?山梨か?いや、筑波山って手もあるな。いや待てよ、こうなったら観光気分丸出しで高尾山ってのもどうよ。

過ぎていく時間のなかで、ただただ迷い続けていた。

有料に入り京葉、湾岸、首都高と意に反して渋滞なく走る走る。
何処の山かも決まらないままスルスルと中央道に入りそこで初めての大渋滞。
車がぴたりと動かなくなる。

リアルに悩みが炸裂した。
談合坂Pで妻と運転を交代してじっくり悩む事にした。が、やはり決まらないものは決まらない。
重い脱力感の中、溜め息混じりに今回計画したルートをあらためて見返す。

「・・・んッ!」

そうかと閃く。

時間的に縦走なんて不可能だが、ピストンなら編笠山に行けるんじゃないか?
これには樮笑んだ。
妻に今朝からの気持ちの迷いと、今思い付いた山行計画を話した。

妻からの返事は即答でOKだった。
縦走が無くなり気が楽になったようにも見えた。その証拠に「下山したら小諸の(友人がやっている)居酒屋さんに行けるよね!」と弾む声で聞いてきたからだ。
「うん、行けるね」と返すと、妻はもう一つ楽しみが増えたといった感じで、嬉しそうに笑みを浮かべていた。

互いに理由は違ったが、すっかり気持ちが晴れて心にも余裕が出てきた。
ついでに、「編笠山の先にある山小屋で一泊して縦走するって手も有りだね!」と話した。
これにも妻は即答だったが、「それは無理!」とさらりとかわされた。

まぁ何にしても計画は決まった訳で、快晴の中を渋滞も抜け、絶景の富士山を背に中央道をひた走り小淵沢インターで高速を降りた。
時間は9時を少し過ぎていた。

最寄りのコンビニで食材を購入して、トイレを済ませると観音平峠を一路目指した。
峠に入り、つづら折りの道を何処までも上り続けると観音平登山口駐車場に辿り着く。

峠道もここが終点だった。
標高は1500mくらい。

向かいには雪を被った南アルプスの峰峰が手に取るように美しく見えていた。

無料の駐車場は5、60台は停められるだろうか。
しかしながら出遅れが効いて既に満車の状態で峠道の路肩にも数台駐車されていた。
「自分たちも路駐だなぁ」と迂回するため中に入ると、奇跡と言うべきか1台分のスペースが空いていて、登山道からも非常に良いポジションに車を停めることが出来た。

きっちりと車を止め、外に出て「着いたぁーー」とばかりに伸びをした。
太陽の日差しが目に眩しく飛び込む。
ほぼ無風だが高地特有のひんやりとした空気が肌に当たる。

目の高さには遮る雲一つなく、輝きを放つアルプスの山々。

変更せずに来て良かった。それだけで気持ちは感無量だった。
あらためて胸いっぱいに清んだ空気を吸い込み、山への逸る心を落ち着かせた。
時間に遅れたことが逆に慌てることを諦めさせてもくれていた。

また飛び出すように家を出て来たため、まずは服を着替えることから始めて、登山靴に靴ひもを通した。
ザックにも食材やら何やらを詰め込んだ。

準備万端整ったところで登山口案内板の前に立ち、まだ元気いっぱいの二人の姿を写真に収めた。

案内板に目を通しスタート合図のハイタッチをして、編笠山登山の第一歩を踏んだ。

その時、時間は10時15分。


・・・・・続く。

投稿日時:2012/05/25 21:09:28 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

編笠山散歩 12.05.19


観音平登山口からアタック。

天候:晴れ 気温:12℃(am10)

投稿日時:2012/05/20 16:35:45 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

毛無〜雪頭ヶ岳散歩〈いつかまた〉


十二ヶ岳山頂には単独行の男性が2人と、さっき頭上で石をバラバラと落としていった女性1人にカップル1組とあまり広くないピークで、更に自分たちが加わったことで満員御礼の状態だった。

辺りには三角点を中心に小さな祠があった。ここまでの山行に感謝し、また最後まで無事に行けますようにと妻と二人で手を合わせた。
またどういった所縁があるのかは不明だが、祠は二つあり一つは富士山をもう一つは毛無山方向をそれぞれ向いていた。

西側にはこれから向かう鬼ヶ岳が遠く顔を覗かせ、名称の由来になった角状に突き出た奇岩がここからもはっきりと確認することが出来た。

少し落ち着いたところでゴツゴツとした岩に腰をかけた。木々の間から日の光は何処までも射し込み、朝の寒さが嘘のように暖かく、富士山も西湖も目に写る景色全てがキラキラと眩しく輝いていた。

ゆったりしていると下界の煩わしいことも何もかもが頭の中からすーっと消え、今いる山のことや、素晴らしい景色しか思い浮かばなくなる。山に来て良かったと思う至福の瞬間だ。
妻もスッキリと息が整い、顔にも赤みが戻り穏やかな面持ちだ。
それから適度に休憩を済ますし、次の山、金山を目指す。

ここからも尾根づたいに上り下りの急斜面とロープや鎖場が続いた。
元気を取り戻した妻も、この有り様に直面してはひたすら愚痴を溢していた。
自分もまたそんな妻をずっと宥めて歩いていたように感じる。

目標、目的は出発した時から二人同じだが、それに至るまでの感覚・感情や体力は個人個人で違う。
ヤル気はあるのだが終点が読めない道筋に辛さはいつまでも続く。
最初の一踏からそれが分かっていて何故山に登るのか?
終わってしまえば、良かったことも、悪かったことも全部思い出となるのだが。

「そこに山があるから」の一言では済まない永久の謎だ。

・・・なぁーんて哲学的な事は考えても答えが出そうにないので、下山した時の達成感と歓喜に満ち溢れるであろう心の妄想だけを希望にまだ見ぬ終点を目指して、妻と二人何だかんだキャッキャしながら突き進んだ。

休みなく歩を進めること50分ほどか尾根が終り、背の低い熊笹の中をやんわりと登り切ると金山(1686m)に到着した。
ピークは道の分岐点の道標に、ついでのように小さく書かれていた。
実際のピークは他にあるのでは?と辺りを見回してしまうほど呆気ないものだったが周りは比較的平らで木々の木漏れ日も気持ち良く眺望は皆無だったが、パーティーを組んだ登山者10名ほどがワイワイと食事を楽しんでいた。

再度道標に目をやる。
道標には 【←鬼ヶ岳(30分)−金山−節刀ヶ岳(15分)→】 と刻まれていた。
節刀ヶ岳まで15分ということで少し寄り道をして左手の節刀ヶ岳へと向かった。道筋はほぼ平らで徐々に緩やかに傾斜し、最後に急登を上がり山頂へ至る。
事前のリサーチでは眺望は期待薄となっていたのだが、何をおっしゃるウサギさんでピーク(1736.4m)では今日一番の素晴らしい富士山が裾野近くまで見渡すことができた。あまりの絶景に写真を撮りまくり、バーナーで湯を沸かして昼食に時間を割いた。

大休止して腹も満たされ、節刀ヶ岳を後にした。
金山まで戻り次の目的地である鬼ヶ岳へと向かう。
東側斜面は既に日が当たらず心無しか寒くなってきていたが、左手側から後方には今まで歩いて来た毛無山から十二ヶ岳まで手に取るように見ることができ、フムフムと楽しませてくれた。

妻もその情景に鬼ヶ岳を目指しつつ感慨に浸っているようだった。妻の満足感、克服度は今までの山の中でも格別のものだったのではないだろうか。

・・・僅かでもそう思いたい。

ピークまで永遠登り坂だったが特に危うい箇所もなく、無事鬼ヶ岳(1738m)のピークに取り付いた。開けた山頂で十二ヶ岳から見えていた鬼の角に凭れて写真に収まった。

山行もいよいよ終盤、下山ルートをあらためて確認していると金山で昼食を楽しんでいたパーティーが追いついて来た。
邪魔になってはと岩端に避けたが、休むことも写真を撮ることもせずあっさりと雪頭ヶ岳方面に姿を消した。

あのくらいのペースで進めば効率がいいのかもしれないが、山頂の頂きに留まれないのも如何なものかと一人事情も知らずに思った。

少なくとも自分たちにはそんなことは出来そうにも無い。これから先も変わらず、あーだこーだとたわいのない会話で盛り上がりながらトロトロと行くのだろう。

二人のペースにはそれが一番いいのだ。

そこから少し時計を気にしつつ最後の山、雪頭ヶ岳へと歩を進めた。
雪頭ヶ岳までは岩稜線歩きとなり、鎖場などは無かったが今度は急な鉄梯子を2つ、3つ恐々と降りた。
妻に写真が撮りたいから梯子の上で待つように言ったが、冗談じゃないとばかりに首を横に振っていた。

そこをやり過ごすと道はハイキングコースのように歩きやすくなり、そのまま雪頭ヶ岳まで辿り着くことが出来た。
ここは晩夏までマツムシソウ・トリカブト・ウメバチソウなどが咲き乱れ、見事なお花畑が広がるらしいのだが、11月のこのシーズンではその様は跡形もなく、葉を落としたイバラが刺々しく自分たちを迎えてくれた。

山頂からは富士山方向に遮るものが一切なく、まだ高さを保ったままの西陽を背中に受けて鳴沢方面の眺望を気のすむまで写真におさめ、今までの出来事を振り返り深く心に刻んだ。

「いつかまた来たい山になった。」

・・・妻がまた来たいと言ってくれるかはこの場では怖くてとても聞けなかったが...。

最終バスの時間もそろそろ気になりだし、余韻に後ろ髪を引かれつつも妻とハイタッチをして下山を開始した。
イバラの道を注意しながら抜け、直ぐに始まる急な下り坂を慎重に降りるとブナの原生林の中に入り込む。
そこからはジグザグに続く急坂をただひたすらに何処までも、いつまでも変わることのない鬱蒼としたブナの森を下る。
ここも例外なく終わりの見えない下り道だった。

途中、妻が膝を痛めてしまい、都度休みながらの下山になった。
(下山後、直ぐに痛みがとれて安心したが。)

膝を擦りながら辛そうに顔をしかめる妻を労りながら下り続けること1時間半、記憶の隅に忘れかけていた人工物が現れた。
最初に見えたのは巨大な砂防堤だった。砂防堤の堰をぐるっと回り込むように抜けると今度は民家が遠く目に入ったが西湖はまだ何処にあるのか見えてこない。

その頃には陽もかなり暮れかけ、気持ちは感無量と言うよりも夢の中から一気に現実に引き戻された気分で、また、まだ痛みを我慢して歩く妻のことが気掛かりで、バス停はまだかとそんなことばかりを考えていた。

平坦な砂利道から舗装になり車が何台も走るのが先に見えてきた。
西湖の水面も薄く見え始めた。肝心の富士山は一日楽しませてくれていたせいかその姿を雲の影に隠していた。
漸く西湖畔のバス停(魚眠荘前)に着き、飲料水が底をつき少し軽くなったザックを草地に降ろした。
フッと息を吐き、振り返ると今降りてきた峰々が黒い塊のようにこちらを見下ろしていた。

間もなくして来たレトロバスに10分ほど揺られて、今朝、車を止めた毛無山登山口まで戻った。

最寄りの日帰り温泉で汗を流し、河口湖畔で旨い夕飯と甲州ワインをたらふく頂き、またお店のご好意で駐車場を借りて一泊し、翌朝はドライブを兼ねて〈ふもとっぱら〉を偵察し帰路に着いた。


・・・完

投稿日時:2012/05/18 09:09:23 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

毛無〜雪頭ヶ岳散歩〈絶景とモラル〉


毛無山山頂から道標に従い西へと歩を進めると前触れもなく狭い尾根に突入する。ここからいよいよ稜線歩きになるらしい。
起伏も少なく見晴らしの利く尾根歩きは何か今までのご褒美のようで嬉しい。

左手の景色は一気に拓け、目の高さに富士山、眼下には西湖と青木ヶ原樹海の全景とその先には背を低くした大室山(1468m)まで見渡すことが出来た。
景色に目を奪われつつ会話も弾んだ。
が、しばらく行くと今度は足下が切り立った覚束ない尾根に道は変化した。

その様に一人、ワクワクモードが沸き上がる。

尾根は何処までも痩せ、時々現れる大岩を回り込むように歩く。一瞬足が落としどころなく何もない宙を舞う。それが危険であればあるほどテンションは上がった。
息をのみ込む瞬間、足がすくむ感覚、状況判断に目と脳がフル回転で働く。自慢にもならないが高所への恐怖心の無さは我ながら病的である。
その反面、特に変化も無くなだらかに果てしなく続く急登にはへきへきとして泣き言を簡単に吐いてしまうのだが。

(前記は当然の事だが、三点支持と安全を確保した上でのスリルである。)

さて妻はというと、こんなの聞かされてないオーラを全身から犇々と先頭を行く自分の背中に投げかけてくる。
道半ばも行かないうちに足踏みでもして戻られては叶わないので、幾度も振り返っては「大丈夫かぁ」「ゆっくり行こうね」と普段にも増して声を掛けた。

11月の紅葉も終わった木々は葉も落ち、その様を冬へと移しつつそれがそのまま絶景へと繋がる。
十二ヶ岳への山行はこの時期がベストと思われた。
恐がる妻を励まし、一人意気揚々と進むと間もなくして一ヶ岳の山頂へ。
・・・山頂と言っても尾根づたいの少し盛り上がっているかな?といった感じのピークで、その後も大小様々なアップダウンを一ヶ岳から順序よく繰り返し、十ヶ岳、十一ヶ岳へと続いた。

人気のスポットでお約束のように経験することだが、道はかなりしっかりとして迷う心配は微塵もないが、如何せん登山道の傷みは激しく、道は掘られて特に下りは三点支持をフルに生かして慎重に降りる必要がある。
油断をすると足を捻ってしまったりする恐れがあり細心の注意が必要だ。

事前に教えなかった自分に否があるが、立ちはだかる崖を目の前にして時折妻は泣きそうな顔をして「これ以上は進めない」「騙された」と言っては立ち止まる回数が増えた。
また山影に入ると谷あいから吹き上げてくる風で真冬並みの寒さを感じ、一気に体温を奪われるため面倒でもウェアの脱ぎ着は小まめにしたい。
妻の薄着もここでは、小姑のような自分のうるささと、何度も襲う起伏の激しさで面倒臭さを顔いっぱいに表しつつも着替えてくれた。が反面、パンツを置いてきた下半身はショートパンツにスパッツと見ていても寒々としたスタイルを貫いた。

そうこうしてそれぞれの峰々で写真と小休止をとり、都度妻を励まし、また時にはおだてて毛無山から約1時間、十一ヶ岳山頂に取り付く。
真向かいに見える十二ヶ岳のピークは別の山のように聳え立ち、早く来いよとばかり手招きをしているように見えた。

しかしながらここからが本日のメインイベント。
目の前のコルは一気に谷底へと下る最大の難関である。そこには長い長い鎖とロープが「どうぞお気をつけて!」と言わんばかりにぶらぶらと垂れ下がっていた。滑落すればただでは済まないなと直感した。

いつもならこの情景に気合いが入り歓喜の雄叫びを発するところだが妻の手前、平静を装った。
案の定、妻は沈黙し崖から後退りして完全に固まっていた。
降りかたを説明しても、今まで克服してきた山の話しをして「行けるよ」と宥めてみても、何してもダメだった。
それは妙に白けた妻の顔色を見ただけでも強く確信出来た。

涙目の妻に無理矢理は禁物。
どうしたものかと思いつつ後から来る登山者、十二ヶ岳側から来る登山者に道を譲り、ただ黙って様子をうかがった。
その間10分か20分余り、長くもどかしく感じた。でも今はその時を待つしか成す術がない。

・・・しばし自問自答して「ここで引き返すか?」と声を出そうと思った時だった。妻が意を決したかのように動いた。
自分は「よし!」とばかり腫れ物に触るかのように妻に足場を指示した。
崖は土質で非常に脆く足の置き場が定まらない。留まってしまうと次の一足が出なくなる。それでも頑張って2、3m降りた時だった。目を見張るばかりの出来事が怒る・・・いや、起こる。

中途でもたつく妻に上から下から来る登山者達の余裕のなさと言うべきかモラルの無さ。

迷惑を掛けているのは重々承知だが妻が滑落すれば自分にも被害が及ぶことを予期していないのか妻が下りきるのを待とうとしない。十二ヶ岳からの上りの登山者もしかり。
一本のロープに複数でぶら下がれば安定が悪くなることは基より、その強度に彼等は不安が過らないのだろうか?
こちらは(遅くて)「すいませーん」としか言いようがないが、小石や土も上から下から落ちてきてこれにはいい加減腹が立った。

やっとの思いで崖を降り、半ベソ状態の妻に更なる試練が...吊り橋が待ち構えていた。
橋の長さは10m弱程度、深さも5、6mくらいか。本当の底は草や横に伸びた木々で今いち見当がつかなかったが、仮に落ちたとしても何とか這い上がれるかなといった感じではあった。が、そんな助言や気休め今の妻には通用しない。
吊り橋は乗っただけで不安定にぐらぐらと揺れるは、足元は透か透かだわこれまた暫しの足踏み。
振り返れば今やっとの思いで降りてきた垂直の崖が嘲笑うかの如く通せんぼして、ここでも自発的に一歩を踏み出すしかないということを妻に告げていた。

妻の様は目の前の吊り橋の突端に全神経が向いていたが、当に渡りきり対岸で待つ自分には次に進むべき道もとてつもなく妻には厳しいであろうことに不安を募らせていた。
それは何処まで続くのか分からないが目の届く範囲が切り立った岩壁だった。

「これって(妻は)行けるの?」

十二ヶ岳を目前に考えていても仕方がないが、吊り橋を怖がる妻に精一杯の声援を送り背後の岩壁を見上げてはルートを思案し続けた。

漸く吊り橋を渡りきり、精も根も尽きた妻を労いの言葉で迎えた。
直ぐ後から来た中年の女性も恐る恐るといった感じで、すごすごとこちらへ渡ってきた。

そして愈々である。
十二ヶ岳へ最後の岩壁への取り付きが始まった。
自分が先行し辿ったルートを妻に指示する。
その直下を中年女性がぴったりと付いてくる。
ペースの上がらない妻を追い抜こうとしているのが上から見下ろしている自分からは容易に分かった。

「待てないかなー」

岩壁の性質は非常に脆く、油断をすると細かい石がポロポロと剥がれ落ちた。
おまけに浮き石も多い。
素人の自分でもここは慎重に登る必要があることは容易に判断出来るのだが・・・。

女性は僅かな隙をつき危険を構わずルートを逸れて妻を追い抜いた。
妻を待つため自分も女性を先行させたが、登り方が雑というか配慮無くパラパラと石を撒き落とす。
これにはさすがに自分も声が出た。
注意をすると素直に詫びてはきたがそれにしては、その後も石を落とし過ぎだ。

妻のことも勿論心配だが、頭上からの落石にも神経を集中して二重に疲れた。

途中、ほんの少しの足場を確保して小休止。
今さっきまで居た十一ヶ岳は既に眼下となり、登ってきた岩壁に目をやる。目も眩むような崖の落差に今回の山行計画がピストンでないことを神に感謝し、冷や汗を拭った。

そこから更に登ること15分、少しお疲れ気味の妻と二人、仲良く十二ヶ岳(1683m)のピークを踏んだ。

・・・・・続く。

投稿日時:2012/05/16 19:36:00 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

毛無〜雪頭ヶ岳散歩〈同志〉

河口湖畔を沿うように進み、西湖方面へ左折してなだらかな坂道を暫く走ると文化洞トンネルがポッカリと口を開けているのが見える。傍らには「毛無山登山口」と書かれたバス停もあるためここで戸惑うことはない。

道の駅かつやまからは、丁度10分の道程だ。

トンネル脇には広々とした空き地があり、自分たちが着いた時には既に5、6台の車が駐車して出発支度をしている登山者も2組見えた。

道路側の適当なスペースに車を停め外に出た。白い息を吐きながら登山靴に履き替え、後部座席からザックを取り出し背負った。バックルを締めるといつものことだがワクワクして気合いが入る。

靴紐をキメながら少し先の地面に目をやると今の寒さを判り易く表現するかのように水溜まりに氷が張っていた。
武者震いと風の冷たさに上下の歯がぶつかりガタガタと鳴った。更にその先、谷あいの奥に、夜を明かした河口湖畔が朝の陽射しに照らされダイヤを散りばめたようにギラギラと輝いて幻想的な情景を見せていた。

妻に声を掛け河口湖の方を指差すと、早速私にポーズを取らせ幾枚もシャッターを切った。

今日のルート(山名)妻には大まかに話していたが、それがどれ程のものかは詳しく話していない。そのせいもあり呑気な状況に少しソワソワしたが平静を装いつついつまでも終わらない観光気分の妻に柔軟体操をするよう促した。

準備も整いトンネル東側にある登山口入り口に立つ。

意気揚々と道標を背にシャッターを切り愈々スタート。今日の第一歩を二人で踏んだ。トンネル上に出て数メートル進むと辺りは樹林帯となりジグザグと緩やかな登りになる。期待に胸が弾む。時より吹き込む風は相変わらず冷えきっていたがテンションが上がり殆ど気にならなかった。

テンポ良く歩を進める。今、ここに居るのは妻と二人だけ。振り返れば今年は沢山の人たちに支えられ、見守られ、盛り上げてもらった一年だった。また常に人と関わりながらの一年だった(もちろん良い意味で)。それらが全て一段落して、休日に妻と二人だけになったこの空間がとても不思議に感じた。

二人きりが実に新鮮で気持ちがいい。

そんなことを噛み締めながら、傾斜を強める山道を歩いていると、背後から「ちょっと速いよー。もう少しゆっくり歩いてー!」と妻の声・・・。
登山のブランクが空きすぎたせいか、二人で歩く速度がどの程度だったかすっかり忘れてしまっていた。妻にそう話し、先頭を妻と交代した。

そんなド素人振りに顔を見合わせ二人で笑った。

登り始めて15分。常に会話をしながら歩いていたが、次の瞬間同時に口から出てきた言葉は「疲れたー!」「帰ろっか?」「もう十分!ここで満足したね!?」と・・・早い話が単なる弱音なのだが同じことを考えていたと思うと息が出来ないほど笑えた。

でも実際の話、足に掛かる体の重みと、息の切れ具合に出てきた言葉でこの時ばかりは正直、山から離れた1年がこれほど長かったんだと実感させられた。

それでも行かなきゃ終わらないよと互いを励まし、顎を上げ上げ進み少し平らなところを見つけて着替えも兼ね小休止をする。ダウンを脱いだ妻の格好は夏場のそれとなんら変わらなくなった。初めはあまりの薄着に心配もしたが、これではどの格好が正解だったのか分からなくなった。自分は脱いで体が冷える事だけは避けたかったためアウターのジッパーを深く下げるに留めた。(妻には勿論冷えないよう注意もしたが)

それではと仕切り直し、先に進んだ。息は切れるが気分は上々途切れないままだ。右手に河口湖、左手には西湖が見え一歩また一歩と踏み出すだけで頭の中が楽しさで満たされていく。この山道に、この風景に、顔にあたる風に、そして燃えるような紅葉に・・・その総てを体で感じた。

今までは(ちょっとドSな表現になるが)息を切らせ、破裂寸前の鼓動に翻弄され、顔を真っ赤に苦しんでいる自分にムチ打ちながらの山行だったが、今日は全然違った。いつもの雑念は何もかも消えて心の底から≪山はなんて素晴らしいだ≫と感じた。

そしてそこには欠かすことの出来ない妻の存在もある。

今年一度だけ妻を車で待たせて群馬の浅間隠山に入ったことがある。これは自分の人生の中でも初めての体験だった。結果としては無駄口をする相手もなく休憩もそこそこに、非常に速いタイムで登頂を果たした。頂上を踏んだ時、制覇した感はあったのだが喜びは微塵も無かった。苦労を分かち合える同志が居てこその登山なんだとつくづく実感した。またこれから先の山行記の中にも妻に居て欲しいと思う。

話が大幅に反れてしまったが、登山道は急坂、緩坂を繰り返し標高を上げた。登りはじめは微かに頭しか見えなかった霊峰富士がいつの間にか全体の美しい姿を見せていた。
神の住む山に相応しい皇后たるその峰は下山終了のその時まで自分たちを魅了し続けてくれた。

そして9時、登山開始からおよそ1時間30分。標高1500m/毛無山山頂に到着。富士山と西湖、河口湖町が全て一望でき家族連れならここをゴールにしてもいいくらいのポイントだ。

そんな絶景にいつもであれば後のことも考えずに写真を撮り大休止して腹も充たすところなのだが、次の十二ヶ岳を目指し早々に出発する。
妻はもう少しゆっくりしたいのに!と言わんばかりの顔つきだったが私に背中を押され、その歩を前に進めた。

さてここからが長い尾根歩きの始まりであった。
長いだけならまだしも切り立った岩場の急坂、急登を繰り返す。妻には精神的にもキツい山行になる。
・・・・・続く。

投稿日時:2011/12/14 13:43:09 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

毛無〜雪頭ヶ岳散歩〈爽快〉

人生最大の祭典を終え、一段落した我が家。

大きな変化は無いものの、気持ちに節目が付きお陰さまで毎日笑いの絶えない楽しい生活を送っている。

比較的のんびりとした中で今年はもう無いだろうと来年の山行に思いを馳せる。

スケジュールは目白押し!と言うほどでもないが一大イベントのあと、毎週「今週末は何かあったっけ?」と年末まで残すところ一月僅かと気持ちだけが先走りしていた。

そんな中、夕食の後片付けで妻の発した一言「ひさびさ山に登りたい」だった。これに乗らない訳がない。

「かしこまりました」と山探し。

以前から行きたかった瑞牆山や雲取山も頭の中で候補に上がったが、時期と如何せん体力がヤバそうな気がして山梨の十二ヶ岳縦走に着地。

翌日、仕事合間にルートを決め同じく仕事中の妻へメール。無事承諾を受け、一人妄想タイムに突入。

仕事を終えて大急ぎで帰宅。これまた大急ぎで支度をして日付けの替わった26日、am0:30出発。

放射冷却のせいか車の温度計は4℃を表示し、町を離れる頃には1℃に。

ガラガラの中央道をひた走りam3:00河口湖インターを降り朝までの仮眠地を探す。

登山道から比較的近い場所にある道の駅かつやまに20分ほどで到着。気温は更に下がり−2℃をさしていた。

道の駅駐車場は比較的空いていたが強者はテントを出して寝静まっている。

やむ無くエンジンを切り窓越しに辺りを見る。

正面に鈍く光る河口湖半、空に目をやると溢れんばかりの満天の星空。

そのあまりの情景に感動したが直ぐに車内が冷え始め3:30無理矢理就寝。

妻はと言うと首都高から爆睡で、着いて一瞬目を覚ましたがまた夢の中へ・・・。こいつは天気同様朝にはベストコンディションだな。

深い眠りにつき5:50起床。気温は少し上がり3℃。既に星は消え、寝呆け眼で河口湖とその山々を見やる。

紅葉終盤の美しい景色が展開され車中から最初のシャッターを切る。

それから車を降りいそいそとトイレへ。本当の寒さから遠のいていたせいか体が強ばって思うように動けない。歩くだけで凍った空気が顔に当たり顔を洗った気分になったのには驚いた。

またトイレには「暖房中」の表示があり更に驚いた。

中はそのとおり暖かく快適で外に出るのが嫌になるほどだ。

用を済ませ今度は本当に顔を洗い車に戻る。助手席の妻を含めまだみんな寝ているようだ。

それにしても寒い。エコを貫く気持ちは微塵に消え、車を移動し文明の力を全開にした。

妻を起こし梅とおかかおにぎりを平らげる。
キャメルバックにスポーツ飲料を注ぎ、バーナーで湯を沸かし粉コーヒーと共にポットに詰めた。

あらためて妻に目をやると軽装で良く言えば気合いが入って見えたが、実に寒々しくも・・・。

本人は至って平気だと言っていたが出掛けに気にしてあげれば良かったと後悔した(後々も問題もなく安心したが)。


自分のザックには雨具とダウン、予備の水にバーナー、コッヘル。
妻は雨具に行動食とお昼ご飯。

この仕分け装備がすっかり我が家の定番となった。要は男子たるもの重いものを持てイズム。

忘れ物がないか最終チェックをしていよいよ文化洞トンネル登山口を目指し一路西を目指す・・・・・・〈続く〉

投稿日時:2011/11/30 14:58:58 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

毛無~雪頭ヶ岳

 
 
 
 
                      
 
 
 
 
 
 
               
 
 
 
 
 
 
 
                
                      
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
投稿日時:2011/11/30 22:03:23 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアフォトライブラリー 

毛無〜雪頭ヶ岳散歩 11.11.26

文化洞トンネル登山口よりアタック。

天候:晴れ 気温:3℃(am7)

投稿日時:2011/11/30 13:12:24 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

いよいよです・・・。

いよいよ明日になります。
 
自身の「結婚披露宴」
 
この歳になると、前日となった今ですが想像していたドキドキする緊張感は
半減しているようで少し残念ですが、約半年にも及んだ打ち合わせや、その準備の丈を
明日の2時間半に「全て燃焼させてこようと思います」。
 
入籍してから、もう2年が過ぎようとしています。
 
そのあいだずっと温かい家庭を送らせてくれている妻には、明日思う存分
主役を演じてもらいたいと思っています。
 
今日まで、「ありがとう」の気持ちを妻へ・・・心をこめて・・・。
 
 
日   時  : 平成23年9月17日(土)
時   間  : 11時30分から14時30分
披露宴会場 :    ヒルトン東京ベイ  銀の間にて
 
 
 
 
投稿日時:2011/09/16 10:00:44 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:イベント 

黒斑〜前掛山散歩〈陽が落ちる前に〉

一頻り景色と食事を楽しみ下山開始。

ザックの中はスッキリ軽くなったが、その分腹は膨らんだ。

いつもどおり時間を気にしない悪い癖が出て、時計は既に14時を過ぎていた。少し休みすぎたかなとも思ったが、あとは下るだけだからと高を括っていた。

浅間山の下りは妻と景色を楽しんだ。
天気も心配ない。何もかもが眼下にある征服感がとても気持ち良かった。

浅間山斜面を下り、残り1/3あたり落葉松林に入る手前で、中年の夫婦が登山道から少し逸れた草地にしゃがみ込み何やらやっていた。

近付くにつれ、何かを食べているように見えた。

妻は何をしているのか少し気になったようで、挨拶がてらに声を掛けると「クロマメノキの実だよ」と口をモゴモゴさせながら教えてくれた。

地面をパッと見ただけでは分からなかったが、確かに濃紺の実が地べたの草に混じりなっていた。

自分たちも一緒になってしゃがみ込み、1個摘まんで手に取った。
その実はラズベリーに似ていたが、こうして誰かに教えてもらわない限りおそらく口にはしなかっただろう。

「美味しいおやつだよ」と促され食べてみると、これが中々甘くていけた。
2、3個口にして止めたが、山中で食せる実を知ったことは知識として得をした気分になった。

夫婦に礼を言い、落葉松林に入ると行きではどうしても見付けられなかった浅間山登山口の入り口に出た。それはショートカットしてしまった場所からはまだ大分先にあった。

「ここだったんだね」と妻と話した。立て札には現在位置の他に、やはり浅間山登山規制と〈自己責任〉について書かれていた。
自己責任という言葉がやたらと出てくる山、それが浅間山らしい。

そこを過ぎ、また暫く進むと今度は背丈程のハクサンイチゲが立ち枯れた鬱蒼とした草地に出た。

ここが湯の平高原だ。

その中にも点々と紅葉した落葉松が生え、実際に見たことは無いが北海道の原野に居るようでとても幻想的だった。
先に歩いた賽の河原の荒々しさと比べとまた別天地だった。

カメラのシャッターを切り先に行くと、道は三ツ又に分かれた分岐点に出た。
立て看板があり《湯の平口》と表記され、直進すると火山館を経て天狗温泉、浅間山荘下山ルートへ。右手は草すべり、トーミの頭と記されている。

自分たちはその分岐を右手に取り、草すべり方面に進む。確かに草が両脇から生い茂るように生え、時々手で掻き分ける感じのルートとなった。

目の前にはトーミの頭が岩肌を剥き出しにして垂直に聳え立っているのが見え、背後にはたった今登っていた浅間山がドーンと迫力満点で鎮座している。

その時の自分の頭の中では、あのトーミの頭を左から巻いて表ルートに出られるのだろうと思っていた。
また草すべりも読んで字の如くで、草原を滑るように下って行くんだと想像していた。

が、・・・がである。

その勝っ手と言うか、適当と言うべき思い込みは次に出会った登山者の一言で脆くも崩れ去ることとなる。

正面の草むらからひょいと単独行の登山者(ガッチリした中年の男性)がこちらに向かって歩いてくる。

「こんにちはー」と挨拶して車坂方面が自分たちの進行方向で間違いないかを尋ねた。

男性は・・・
「今歩いているここが草すべり、これからトーミの頭を越えて車坂峠だよ」
続けて「あそこに見えるだろ、あれがトーミの頭だ」
更に続けて「あと少し!ワケないよ!気をつけてね(笑)」
・・・と勇気づけてくれるかのように、はっきりとした口調で解り易く説明してくれると、背後の草むらに颯爽と消えて行った。

妻は「道合ってるね、あと少しだって 頑張ろう!」と言ったが、自分はそれには返事もせずに「今の人、トーミの頭を越えてって言ったよね?」と聞き返していた。

ここまで来て俄には信じられなかった。

妻は「確かに言ってたね(笑)」と。

「いやいや今さら登り返さないでしょ(泣)」と俺。
妻は間髪入れず「ねぇねぇ、あそこ!登ってる人見えるよ(笑)」・・・と。

「どこ?」、「ほらあそこ」、「見えないよ」、「ウソ、あそこだよ」と・・・
虚しさにも似た無駄な抵抗のやり取りが歩を進めながら続いたが、草すべり道がトーミの頭へ向け徐々に傾斜を上げていくのは間違いようのない事実だった。

今、子どもに戻れたなら「もう歩けないよ、ママおんぶして」と駄々を捏ねられるのだが念じてもそうはいかない。

くだらない事を考えるに益々足は重くなり、トーミの頭も垂直度を増して嘲笑っているかのように見えた。その後も泣き言は止められなく、何だかんだと言って妻を困らせてしまった。

妻はその度に励ましてくれたが、今、あの時を思い返しても自分が情けなくなってくる。それと同時に妻の強靭的なタフさを改めて凄いなと感じた。

後続者に抜かれ、ミニチュアダックスにもチラチラと横目で見られ走りながら追い抜かされた。

行けども行けども終わらない登り地獄だ。山間部に入ると道は更に斜度を上げ、中程から先は這いつくばるようになった。

振り返ると、いつの間にか目と同じ高さになった浅間山が、夕陽をいっぱいに浴びて見え、その眼下には金色に葉を輝かせた落葉松林も見えた。
それはそれは素晴らしかったが、前に目を戻すと垂直の山肌と妻の背中が「まだまだー!」と言わんばかりに迫り現実に引き戻された。

更に困ったことに、すっかり癖となった膝痛がジリジリと痛み出した。
いつもは下りで痛み出すのだが、登りで始まったのにはいよいよかと驚いた。

急登に耐え、痛みに耐えて、息も絶え絶えにトーミの頭に着いた時には時刻も16時少し前になっていた。

今回の忘れ物は山地図以外にもう一つあった。

ヘッテンだった。

山地図はもう必要のない場所まで来ていたが、日が西に低く傾き焦り出した。
普段、ヘッテンの出番は皆無なのだが、いつも必ず携帯してきた。
なのに何故か忘れてしまった。

使いたい時に持っていない。
人生とはそんなものかもしれないが、ここ山中では山地図も然り、命に関わってくる。
絶対やってはいけないミスだ。

日没近し、急ぎたいが左膝の痛みはそれを妨げるかのように痛んだ。トーミの頭で若干の休憩をした後、表コースを目指し下山。急坂のガレ場を膝の痛みを堪えて下り、ここから車坂山の山頂目指して鞍部を登る。本当にこれが最後の上りだ。

ここを過ぎると緩やかな下山道になったが、中コースには存在しなかった階段が幾度も現れ、その段差に膝への振動も大きくなり痛みに悲鳴をあげた。

何にせよ、日が暮れてしまう前に降りきらないとマズい事は明らかだった。
無理を押して歩いているうちに何故か左膝の痛みは和らぎ、今度は右膝に痛みが走り出した。

「なんなんだよ?」と思ったが考えるよりも痛みが勝り、また日没が迫り気温も下がり始めたため、痛みを堪えて降りることだけに専念した。

道は半ばを過ぎて急坂になったが、いつ峠に出てくれるのかとても長く感じた。最後に開けたガレ場でアサマ2000スキー場を正面に見ながら小休止して食べたチップスの塩味が凄く美味しく感じた。

あと少し、あと少しと膝を騙して歩いたが痛みは右膝からまた左膝へと戻った。「全く何なんだよ!」と叫んでみたが、ジクジクとした痛みは更に増してくるだけだった。

最後は中コースのような平坦な林道に出たのだが、ここも異常に長く感じた。
「まだなのか?」と痛みに顔を歪ませると、妻は「私、先を見てくるからここで待ってて!」と言うや否や薄暗くなり始めた林道を走り出した。

「マジかよ、何で走れるの?」とこれには本当に驚いたが、同時に自分がここに留まれば妻はここまで戻らないといけなくなると思い、走ることは流石に無理だが急いで後を追った。自分のためにと思うと、いつまでも情けない顔はしていられないと気合いを入れたが、何処まで走ったのか妻の姿が見えない。
不安を覚えた頃、妻がこちらに向かって歩いて戻るのが見えた。

追い付くなり妻は「この先も何も見えない」と言った。もう無理をさせる訳にはいかないと腹を括りひたすら歩いた。
何故、人工物も何も見えてこないのか?と、つくづく疲れ果てた頃になって漸くスタート地点に帰り着いた。

時間は17時10分、目は辛うじて利いたが西の空は微かに明るさを残していただけで、ヘッテンを使ってもおかしくない時間だった。

車に戻り、着替えを済ませて落ち着いた頃には辺りは完全に暗闇に包まれ、気温も10度を切ろうとしていた。

10時間に及んだ初めての縦走は無事(?)帰路に着き終了した。


・・・完

投稿日時:2010/11/17 12:30:07 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

黒斑〜前掛山散歩〈2,524m〉

身仕度を済ませ、Jバンドを下る前に改めて浅間山を見上げた。

間近に見る浅間山の斜面には、山頂から縦に切れ込んだ幾筋もの縞模様が見てとれる。

おそらくは噴火の際に舞い上がった岩石が転がり落ち、そこを雨水や雪融水が伝って刻まれたものなのだろう。

またそれを遮るかのように左上から右下に向けて定規で引いたように斜線が引かれていた。

浅間山の登山道だ。

黒斑山からJバンドに至るまで、それはずっと見えていたのだが登山道とは思わなかった。

ここから見てもかなりの高低差と距離であることが伺える。

どうなることやらと、いよいよ賽の河原に下る崖に取り付いた。

先ほど生死の界を決めた大岩に触れ、口には出さずに「ごめんなさい」をした。
妻に言ったら間違いなく「絶対いい事ないね」と言われるだろうから。

下り開始直後、別の登山者2名と合流してしまう。今度は中年男性2名で、うち一人がやたらとよく話し掛けてきた。

急斜面を慎重に降りている最中にこれには参った。

またびったりとくっ付いて来るためステッキが岩を衝く音と雑な靴音とが響き、後ろから急き立てられているかのようでイライラもした。

そんな中で「ここに来たのは初めてで、帰りはまたここを登り返すのか?」と聞いてきた。

そんなんで大丈夫か?と思ったが何も答えずにいると、足が縺れでもしたのか案の定足を滑らせ尻餅を突いていた。

怪我の心配もしたが、何より石を落とされるのが怖かった。運良く、この間に上ってくる登山者は居なかったが。

自分たちは一歩、一歩、その行程を楽しみたかったのだが、あれよあれよと賽の河原に降り立ってしまった。

このままの同行は御免願いたいと、背丈よりも高い巨石の前で記念写真などと妻とポーズを決めてやり過ごすことにした。

この巨石だが《三ツ石》と呼ばれるもので実に圧巻だった。Jバンドを下りきって直ぐに3つ並ぶようにあるのだが、明らかに溶岩石で目の前に聳える浅間山から降ってきたものだと想像するとその爆発力のパワーには言葉も出なかった。

また辺りを見渡すと黒々と大小様々の溶岩石が庭石の如く何百、何千と無数に散らばっていた。

小さいものでも両手いっぱいに拡げたくらいあり、妻には「こんなのが上から降ってきたら、まず助からないね」呟いた。

ここ賽の河原はトーミの頭の崖下に見えた場所で、河原とは呼ぶが川などは流れていない。
ただ縦走中、黒斑山から蛇骨岳に向かう最中に見下ろした時には小さい池が2つ、3つ見えた。
ただ下に降りた今となってはあまりに広大過ぎて見渡しただけではそれが何処なのか分からなかった。

地球の威力にも圧倒させられたが、そこに育つ落葉松やアサマブドウ、コケモモ、ガンコウラン、ミネズオウなどが冬間近の地で見せる、赤や黄、茶や群青と秋色に燃え誇る様には、日本の四季の素晴らしさをまた堪能させてくれた。

正面には牙山や剣ヶ峰、左手には浅間山、右手には制覇したばかりのトーミの頭から黒斑山、蛇骨岳、仙人岳、振り返ればJバンド、鋸岳と弧を描いて総て見渡すことが出来た。

「ここは本当に日本なのか?」「こんな素晴らしい景色が家から数時間の場所で見れたのか」などと妻と二人、並歩しながら知っている限りの感嘆の言葉で話していた。

ここでは写真や観察などでついつい時間を費やしてしまっていた。

何時までも散策をしていたかったが適当なところで止め、先を急いだ。

中心部に向かうにつれ、斜めに切れ込んだ登山道は間近となり、そこを歩く登山者も大挙して見えてきた。

間もなく浅間山登山口だ。
そう思い先を歩くが肝心の登山口が見当たらない。

登山道を目で辿り、遠く右手の方を見やったが落葉松林に消されその先が無い。

登山者達は何処から来たのか?

妻とキョロキョロとしていると、傍らから「そこからだよ!」と声がした。
見ると先ほど尻餅を突いた登山者であった。

「すいませーん」と一礼し〔そこから〕の方向を見ると、1人の登山者が下りてきているのが確認できた。

ホッとして下りて来る登山者に向け妻と登り始めた。下山者と擦れ違い、傾斜を更に登ったのだが何か違和感がする。

・・・ん?

道がない?

目を凝らして先を見上げても、道らしきものは無かった。

今しがた擦れ違った登山者は道を外れショートカットしてきたのだ。

謎は一瞬に解け、本来なら折り返して再度正規の道を探し、登り返すべきだがここまで来て面倒になってしまい、植物を踏まぬようまた他の登山者に怒鳴られる前にと足早に貫いてしまった。

やっとの思いで急斜面を上がり登山道に出た時には、ズルをした罰とばかり息は切れ、足もすっかり重くなっていた。

戻り返せば良かったとつくづく反省した。

小休止して呼吸を整え、改めて浅間山登山道を行く。
遠くに見た傾斜は近くで見ても果てしなく続き、先端部分は浅間山を巻いているかのように消えていた。
そこに見える登山者もまた点の様に小さく見えそれだけでヤル気も萎えた。

足元は荒涼として草木一本生えていない。粒状の溶岩石でズルズルと滑り、初秋に登った富士山登山道を彷彿とさせた。

口にさえ出さなかったが頭の中では「キツイ」「辛い」「止めたい」と連呼し始め、いつもの情けない自分が出来上がっていた。

体力には問題無しだが、メンタル面に難有りだ。

こうなってしまうともうダメだ。一歩、一歩が足枷を付けて歩くペースだ。

その時の妻はというと、いつも通り中盤から強い女。
涼しい顔をして足取りも軽く悔しいが、見ていて実に楽しそうだ。

《ダメでも何でも行かないと終わらない!》と、いつもの教訓が頭の中でちらつく。

こんな時に擦れ違う下山者が恨めしく見えてくるが、負けるものかとゼイゼイと息を切らしてひたすら登った。

やっとのこと斜めに伸びる道を終えた。その先に見えてきたのは浅間山から出る噴煙とそこに向かって伸びる傾斜のキツい直登路だった。

「まだあるのー」と叫びたかったが再び‘教訓’が頭を過り、ただただ黙って道に従った。

疲労困憊登り切った正面、浅間山には立入禁止の札の付いたロープが張られ、立入禁止告知の看板が立てられていた。

自分たちはその指示通りに進路を右に取ったが、何人かは噴煙上がる浅間山の淵に立っているのが見えた。またそれに続けと侵入して火口へと上がっていく姿も幾人か確認出来た。

さすがに噴煙の上がる火山に自分も登ってみたいという願望はお陰さまで微塵も起こらなかった。

それよりも今の自分には、終点に着く事の方が何よりも大事だった。

終点とは前掛山山頂のこと。

しかし見る限りは浅間山以外に山らしきものは他に見当たらなかった。

ただ事前に調べたり、持っていたネットのコピーで画像を確認し、ある程度予想が付きそのとおり歩を進めた。

噴煙の次に見えてきたのが、被災時に逃げ込むトンネル型の避難壕だ。
避難壕は2棟並んで設置されていたが前後に扉などは無く、材質は鉄板とコンクリートで頑丈そうに作られていたが実際に被災した場合、潜り込んで助かるのかは三ツ石を思い出すに相当眉唾ものだった。

その近辺では皆写真を撮ったり、食事をして寛いでいた。

避難壕を通り過ぎると先に馬の背が見えた。自分たちはいよいよだねと馬の背へと続く緩やかな傾斜に取り付いた。

ここからが本日の最終目的地、前掛山山頂に続く短い登山口だ。

北東に伸びる登山道は道幅も3m弱と広く、歩き易かったが、その両端は切り立ち柵もなく落ちたら助からないことは容易に想像が出来た。

登り始めると浅間山から出る噴煙に体が包まれた。それは箱根の地獄谷のあの「卵の腐った匂いがするよ」などとは比べものにならない火山性の硫黄ガスが鼻を貫き、吸い込むと胸から胃の辺りにかけて痛みが走った。これには正直驚きを超え怖くなった。

妻は全く気にならなかったようだが・・・。

それを差し引けば、正面には隠れていた富士山から南アルプス連峰が、背後には嬬恋や長野原、吾妻の町々が現れ、また賽の河原から見上げていた景色が今度は総て眼下に広がり、それは3Dの山地図を見ているようだった。

絵にも書けない美しさとは正にこの事を言うのだろう。

圧倒的な絶景に背中を押されながら前掛山山頂 2,524mに到達。時間は12時30分、登山口からの標高差551m。

ここは尖り山とは違い、山頂は馬の背の突端にあるため人は多かったが休憩場所には困らなかった。

前掛山に来て分かったことはこの山そのものが浅間山の火口淵の一部なんだということ。
それは活動中の噴火口が目と鼻の先にあることと、淵を追うとここにも辿り着けることで実感が出来た。

それが故に前掛山と記されるべき山頂標識が《浅間山》と表示されている。

「うーん、隣の前掛山に居るのになー何とも怖い場所に来てしまった」と妻と話しはしたが、それも達成感で掻き消され記念を写真に収めた後は、何はともあれ腹拵えと湯を沸かしカップ麺にサンドイッチ、食後にはコーヒーも淹れ心行くまで景色を楽しんだ。


・・・続く

投稿日時:2010/11/16 12:45:06 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

黒斑〜前掛山散歩〈縦走〉

その女性は、〈先程はどうも〉といった感じの笑みで軽くこちらに会釈をし、カメラを取り出して景色など撮り始めた。

どうやら先程の初老の男性とは繋がりは無かったらしい。

女性の出で立ちは年齢的なものもあるのだろうが、最近流行りの山ガールのそれとは違い、また山屋特有の無骨さともまた違っていた。

ただ経験者ならではの行動し易い、所謂きちんとした服装で清潔感もあり全体を赤色でまとめていた。

普段、人の服装やそのスタイルには何の興味も沸かない自分だが、その見てくれは‘いかにも出来る人’といった雰囲気を醸し出していた。

妻は彼女に声を掛け、黒斑山山頂表示と浅間山の景色をバックに写真を撮って上げていた。

余談だが、単独行で山に入る登山者を自分は尊敬している。それはたった1人で入るという全てのリスクを背負った上で来ているからだ。

自分には今のところそこまでの度胸と技量は持ち合わせていない。

もし足を挫いたら?
もし体調が悪くなったら?
もし道に迷ったら?
もし滑落したら?
もし熊に襲われたら?
もし蜂に刺されたら?
もし水や食糧が尽きたら?
もし落雷にあったら?
もし日没になってしまったら?
もしビバークすることになったら?
もし携帯の充電が切れてしまったら?

数えきれない「もし〜したら?」を全て分かった上で山に入る。想像しただけでも十分尊敬に値する。

それが女性の単独行ともなればなおのこと〈凄い〉の一言だ。

単独行に憧れもするが、自分はこれから先も単独で山に入る事は無いだろう。
やはり達成する喜びや感動は妻や一緒に登った人間と味わいたい。

・・・間もなくして女性は縦走路へと消えて行った。
自分たちはそれから5分程の間を置いて後に続いた。

気にしてはいなかったが、相当歩く速度が速いのか彼女の姿は深い樹林帯に紛れて見えなかった。

益々凄いなと妻と話したが、自分の中では始めての縦走路に妻と挑める事に心が高鳴った。

まず目指すは蛇骨岳、2,366m。

黒斑山からは標高を少し下げるかたちとなるが、浅間側は常に崖上をトラバースするルートで滑落したらただでは済まない。

間違いなく命はないだろう。景色を堪能しつつも慎重に歩みを進めた。

蛇骨到達間際、開けた場所に出るとそこに彼女は居た。どうやら景色を撮っているようだ。撮影の邪魔をしないように暫し待つ。

何とも律儀な夫婦だ。

やり過ごしてから自分たちもパチリ、パチリと写真を撮った。

最後に10mあまりの岩場を登り、難なく9時20分、蛇骨岳山頂に到達。

ここからは嬬恋一帯が眼下に広がって見えた。孫悟空が乗っていそうな白い雲も疎らに低く漂っている。

浅間山は更にその全体像に迫力を増したが、蛇骨岳を隔てた嬬恋側は実に長閑な光景だった。

女性とは今度は互いに写真を撮りあった。

蛇骨岳山頂から次に向かうトレースは、樹林帯も無くなりゴツゴツとした溶岩を剥き出しにした痩せ稜線に変わる。

ここからは自分たちが先行した。

次に目指すは仙人岳、2,319.1m。

ルートは東へと進み、火口壁を弧を描くように辿っていく。嬬恋側も浅間側も切り立って、道幅の狭い崖の淵を幾度もアップダウンしていく。

ここから先は浮き石が多く、特にアップダウンする際は慎重に歩いた。

妻も場所に依っては顔を強張らせていた。こんな時に注意換気に声を掛けると余計に怖がるので、不測の事態を常に想定しつつ黙って見守った。

いよいよ仙人岳‘であろう’地点に到達。時間は9時50分。

山頂表示は風で飛ばされたのか、風化したのか定かでないがポールだけが残っていた。

肝心の表示板がその上には付いていなかった。

辺りを探してみたが何処にも見当たらなかった。
自分と妻はほぼスルーするように先に進んだ。

この時点で後から来る彼女は米粒ほどの大きさで見える距離に離れていた。

さて次に目指したのは鋸岳、2,254m。

ここからは今までにも増して浮き岩が多くなり、ルートも北アルプスに似て途中途中の岩に矢印や〇、×といったペイントで印がされていた。

稜線は険しさを極め、落ちたら本当に死ぬんだなと感じた。

以前、西穂独標に登頂した時にはガスで10m先も見えず視界の悪さで怖さは無かったが、今日のように全てが見渡せられる天候だと逆にリアルにその怖さが実感できた。

積雪時に雪庇に気付かず踏み外して命を落とすという事例を山雑誌などで読んだりするが、その時にいつも思うことは「何で雪庇と分からなかったのか?」だったが今居る場所が正にそこで、こんな痩せ尾根で風雪が積もったら絶対に分からないなと実感した。

この辺りから景色を楽しむ余裕は無くなり、妻と付かず離れず慎重に岩場を歩いたが、たまにズレる岩には肝を冷やされた。

暫く行くと、落ち込んだ先に標識が見えた。〈Jバンド〉だ。

何故Jバンドと呼ばれるのか名称の由来は分からないが、ここから鋸岳方面と賽の河原、前掛山との分岐点となる。

岩場最後の急傾斜を下り、Jバンドに到着。時間は10時10分。

今日のルートはここから前掛山に入る。

自分たちはその前に鋸岳山頂を拝めると思っていたのだが、Jバンドが先に出てきたため叶わなかった。

ここで2、30分の大休止。ザックを降ろし行動食を摂りつつ、分岐点から矢印方向の崖下を覗き込んだが垂直に切り立ち、道らしき道が見えなかった。

「ここを降りるのか?」と疑ったが、表示はやはり崖に向いている。

「山地図さえあればなぁ・・・」その有り難みが身に染みた。

仕方ない、妻には「ここから降りてくみたい」と他人事のように伝えた。
まだ見ぬ妻は「ふーん、楽しみだね」と腰を下ろしたまま答えていた。

でも、やはり気になる。
「ちょっと見てくる」と言って崖下を少し下ってみた。

行って見るとジグザグに下る道にはなっていたが、数百m下は落ち込んでいるのか確認する事は出来なかった。

真上を見ると妻が座っている辺りだった。

ここで不要の冒険心が出て、ほぼ垂直の岩場をクライミングして戻ろうかと・・・距離にして2m弱余り。

クライムルートを見て、その一っ手を巨岩にガッツリと掛けた瞬間だった。岩がグラっと揺れ体が後ろに反った。

〈災難は忘れた頃にやってくる〉ではないが、これは明らかに〈人災〉。今こうして五体満足生きているからいいものの、誰にもこんな馬鹿は話せない。

道を戻り返し、妻には澄ました顔で「この下、道在ったよ」と話したが、足の震えは暫く止まず落ちた自分を想像して気持ち悪くなりエズいた。

本当に馬鹿な事をしたと、息を整えるように休息していると、崖上からこちらに向かって来る彼女が見えた。

合流してまた暫しの歓談。ここまでの互いの労をねぎらった。

会話の中で、彼女はここで折り返して下山すると言った。

自分たちは前掛山から湯の平口を巻いて表コースから下山しますと話すと「凄いですね!」と驚いていた。

前述にも書いたが‘いかにも出来る人’にそう言われると悪い気はしない。

が、ここから先、彼女が驚いたとおり自分たちにとって本当に凄いことになった。


・・・続く

投稿日時:2010/11/10 22:22:27 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

黒斑〜前掛山散歩〈取り付き〉

中コースは落葉松などの樹林帯を進むルートだ。

取り付いて暫くは背丈ほどもある草や笹原の中、比較的平坦な道を行く。

殆んど高度を上げないためどこかの周遊コースを歩いているかのようで、また不思議なことに出発前にあれほど居た登山者が中コースには誰も来なかった。

前にも後ろにも誰もいない。完全に二人ぼっちだ。

道は表コースの即直登に対し、こちらは左へ左へと巻き込むように続いていた。

頭の中で〔ここは裏コース?〕もしやの文字が過る。

浅間連峰の登山道は表コースと中コースの他に裏コースがある。これが一番外側へと回り込むルートなのだが整備不良で2009年12月時点で途中から通行止めとなっている。

追い討ちを掛ける様に、見上げればいつの間にか木々が覆うように迫り、周りの草と朝方の薄曇りの仄暗さとで相まって「これでいいのか?」「裏コースだから誰も来ないのでは?」「このまま進むと行き止まり?」と出鼻から大きな不安となって自分にのし掛かってきた。

が、後から付いてくる妻の手前、歩みだけは止めなかった。引きつった顔を妻に見せる訳にはいかなかった。

また出発時には派手に出ていた道標も期待に反し、次のものが一向に現れる気配がない。

頭の中では「さっきのオジサンと表から行くんだった」「戻るなら今だ!」「戻ってもまだ大したロスにはならないだろう」「いや戻るのは面倒だ、行ってみよう!」「いやいや踏み込まれた道になってるじゃないか」と何度も葛藤していた。

はぁ〜、山地図さえあれば・・・。
早速後悔したが後の祭りだ。

頭の中であれこれと交錯し、自然と口数も減っていた。

妻と歩いているのに単独で来ている感じだ。

辺りはすっかり静まり返り熊鈴だけが振動に合わせて鳴り響いている。

そんな中、どれくらい歩いたか(実際はたいして歩いていないと思うが)待ち焦がれた道標が現れた。

そこにはしっかりとしたペイントで〈←中コース→〉と書かれていた。

肩の荷は一瞬にして軽くなり口達になる。見える景色さえも明るくなった。

勝手なものだ。

ただ人の気配だけは相変わらず無かった。
道標を過ぎると登り坂が始まり、辺りも少し開けた。

また地面には霜柱が下り踏みしめる度サクサクと音を立てた。

余程夜間は冷え込むのだろう。
その見事に張った柱の高さに驚かされたが、それと同時に折角立てた霜柱を壊してしまうのが気の毒にも感じた。

また日陰の中を歩き続けたせいか辺りが開け、きつい太陽の日射しに目の前が見えなくなった。

眩しさで妻の方を振り返ると後方目の高さにスキー場のゲレンデが見えた。アサマ2000だ。地肌は当然土色を剥き出しにしていた。

自分は(今もそうだが)海育ちのせいで、生まれてこのかた1度もスキーをしたことが無い。

妻にスキー場が見えることを教えると「(あそこ)来たことあるよ」とさらりと言った。

咄嗟に「誰とだよ」男の悲しい性かな喉元まできたが「ふ〜ん」と気の無い返事をして飲み込んだ。

「誰とだよ」結婚していても気になるものか?前に向き直りそんな自分に苦笑した。

などとどうでもいいことを考えつつしばらく行くと、久々に人の気配を感じた。

先に目をやると、3人組のパーティーが歩いて行くのが見える。

これによりルートは確信へと変わった訳だが、スタートから誰とも会わなかったのに追い付いてしまうということは自分たちのペースは速いのか?

と疑問が出る。

妻も同意見だった。山のイロハが発展途上の自分たちにとっていつも思う事が歩く速度である。

山の標高や難易度、下山時間、体力・脚力と様々な事情があるだろうが未だに自分たちのペースを掴めていない。

たまに先を行く人に合わせて歩いたりもするが、早々に道を譲られてしまうパターンで分からないままでいる。

如何したものか?

山を辞めでもしない限り永遠の課題のような気がする。

それにしても日射しが目に入り歩きにくい。

サングラスをすれば済むことだが、目に見える素晴らしい紅葉も緑も遠くの山々も全ての色が死んでしまう感じでつい我慢してしまう。

今回は道もしっかりしているし、尚更我慢出来てしまったのだが。

なんにせよ先行者に追い付かないように気をつけつつ、開けた場所から次の林間へ向かって歩いた。

林間に入る間際でふと木に何かが掛かっているのが見えた。近づくと未使用の縄ロープが一巻、長さは30m程か。

これは滑落救助用?はたまた林業用か?用途は不明であったがこの後も2度程目にした。

そんなこんな再び林間に侵入。登山道は木の根や岩がゴツゴツと剥き出し、山特有の顔を見せ始めた。

足場も悪くゆっくり歩いていた。
・・・つもりだったがやはり先行者に追いついてしまった。

お約束のように「お先にどうぞ」と促され、お約束のように軽く会釈をして傍らを追い抜く。

結局はいつものパターンだ。

その後は林間と開けた場所とを交互に繰り返し高度を上げた。

足場は歩きやすい土に変わり、霜を気にしなければ快適そのものだ。

また両側の岩にはコケモモ、ガンコウランなどの常緑植物やツガザクラ、コキンレイカ、ゴゼンタチバナといった高山植物が色を添えた。

だいぶ登ったか中盤あたり、鳥の囀ずりと混じり人の話す声が耳に入ってきた。

男性や女性の複数の話声だ。声のする方に目をやるが、人影が見えない。「山菜取りか何かかな?」と妻に話しながら気になってはキョロキョロしてみたがやはり声が聞こえているだけで人は確認出来ない。

何か狐につままれたような気分だったが気にせず先に進むと、山道で必ず目にする〈ここから展望できますよ〉的な空間が草木の隙間から丸く口を開けていた。

ずっと聞こえている声もだいぶ近くなった。

あそこで休憩しているんだな。

当然やり過ごそうとしたが、そこへと続く道しか無い。仕方がない、行くかと草を割り広げると右手の木に道標があり見ると〈←表コース 中コース→〉と書かれていた。

道は完全に開け大勢の登山者も見えた。

瞬間的にターンして元来た道を少し戻る。

来た道以外に先に行くルートはやはり見当たらなかった。

いつの間にやら表コースに出てしまったと気持ち悔しくなる。が、来てしまったものは仕方ないので表に出た。

足下はガレていたが景色は180度の大パノラマで開け遠く富士山から南・中央アルプスと、登り始めよりも近くに見ることが出来た。

傾斜を上がると右手の崖下から初老の男性と女性が忽然と現れた。男性は首からデジタル一眼をぶら下げ、一緒にいた女性は娘に見えた。(妻は夫婦に見えたらしいが)

簡単に挨拶をし、あまりの景色の素晴らしさに感動のまま話をすると「今日は前掛けも良く見える」と指差して教えてくれた。

差し示す方向に目をやると何故これに気がつかない?と思うほどの迫力でバーンと聳え立つ山が目に飛び込んだ。

その瞬間「?」あれは浅間山だよな?「あれは浅間山ですよね?」と聞き返すと「浅間山はあの裏」と丁寧に教えてくれたが自分にはそれを聞いても「?」だった。

目指す前掛けが浅間山の一部とはこの時知るよしも無かった。

2人連れとはそこで別れ、そこから50m程浅間山噴火痕壁の斜面を一気に上がり、トーミの頭 2328mに到達した。

登山者は2、30人弱ほどいたか。皆、表コースか浅間山荘側から来たと思われた。

時間は8時20分。

ここは崖の天辺といった感じで視界は360度開け、それはそれは素晴らしい眺めで隠れていた北アルプス連峰や槍ヶ岳も遠く見ることができた。

反面、浅間山側東面は数百mは切れ込む断崖で足下も溶岩の岩場になっており強風時には飛ばされぬよう十分な注意が必要だ。

また、その左前方にはこれから取り付く黒斑山の主稜線も見えた。

恐る恐る覗いた眼下には広大に広がる賽の河原が背の低い落葉松をこれでもかと黄色く色付かせ、その先目の高さに見える焦茶色の浅間山と剣ヶ峰、この先向かう黒斑山からJバンドに掛けての外輪山と、手に取るように見えていつまでも眺めていたくなる程の絶景と秋を妻にプレゼントしてくれた。

景色を写真に収め、意気揚々と弾む足取りで黒斑山へ向けて歩を進めた。

しかしながら、この数百mからなる断崖と絵にも書けない美しい景色が後々に自分を追い込み、苦しめられることになろうとは現時点では想像もつかなかった。

辺りはコメツガとシラビソなどの針葉樹林帯に変わり、その色を深めた。また木々の隙間から差し込む太陽と真っ青な空を胸いっぱいに吸い込みながら弾むように進んだ。

「このコースなら次はみんなで来たいね!」と妻が言う。

本当にその通りで、浅間山方向は立ち木など遮るものが一切無く湯の平火口原を隔てて見る浅間山の大きさを2人で楽しむには勿体ない。この登山道なら子どもでも安全に登れそうだ。

そんな浮かれ気分で、10分ほど歩くと浅間山の火山活動を監視するカメラや警報スピーカーの設置してある無人観測所に出た。

素晴らしい景色とは対照的に、今居る場所が浅間山の噴火によってはいかに危険な場所に変わるのかを想像するには十分な光景であった。

緩みきっていた気を引き締め直し先に向かったが、相変わらずの景色に浮かれ気分だけはどこか消し去れなかった。

そうこうして8時38分。黒斑山山頂を制覇。標高は2404m、登山口からの高低差431m。

山頂はさぞ素晴らしい景色と夢見ていたが、トーミの頭があまりに絶景過ぎた分、残念ながら登頂成功以外にここでの感動は見当たらなかった。

さて気がつけば朝食抜きの登山。かなり腹が減り、景色もそこそこに遅い朝食を摂った。

おにぎりやサンドイッチを頬張り、15分か20分ほど休憩していたがふと次なる疑問が・・・。
トーミの頭にあれだけ居た登山者が誰も上がって来ないことに気付く。

妻に話すと「そーなんだよねー」と妻も同じことを思っていたらしい。

何か取り残された気分だ。

しかしながら元来、人は人、自分たちは自分たちと思う夫婦。それ以上は何も考えなかった。

いつまでも2人だけの頂上、気温もかなり上がり暑くなったためフリースを脱ぎ、ウィンドブレーカーに着替え身支度を終えた。

「さて行くか!」と気合いを入れて立ち上がろうとした時、なんの前触れも音もなく1人の登山者がスーっと現れた。

よく見るとトーミの頭の手前で初老の男と居た女性だった。

・・・続く

投稿日時:2010/11/09 13:21:43 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

黒斑〜前掛山散歩〈序章〉

若干、出遅れた感はあったがその《遅れ》が後に項を創始し、今回の散歩をこれ以上に無いと言うほど妻と自分に感動を与えてくれた。

当初の山行計画は初秋の10月9日に予定していたが、当日の天候不純と前夜の飲み過ぎ?でやむ無く中止に。

翌週16日に再度望むも今度は妻が風邪で体調を崩し中止。諦め切れず三度目の正直と更に翌週に期待をし無事に実施となった。

妻は体調の回復と共にテンションを上げこの日を迎えたのだが、自分はというと2週に渡り延期となってしまったせいか行く間際までイマイチ疑心暗鬼で、車に荷物を積み込んだ出発間際に漸く高揚してきた感じであった。

・・・と、いった訳で山行までの時間に余裕も出来、またルートリサーチも、当日の天候も完璧に近い状態でいざ出陣。

途中、インターでいつものように遅めの夕飯を摂り、意気揚々と関越道に入った。道は渋滞もなく順調に進んだが、逸る気持ちとは裏腹に激しい眠気に阻まれ嵐山パーキングで妻と敢えなく爆睡。

どのくらい寝ただろうか、ハッとなって飛び起き時間を見ると真坂、真坂の4時30分。

寝呆け眼のまま慌てて本線へ、その傍ら事態も知らずに後部座席いっぱいに横になる妻は相変わらず夢の中で幸せそうな顔をして寝息を立てている。

そっと覗いたカーナビは残り170キロと淡々と残酷なまでに正確であろう距離を示していた・・・ガックリだ。

まだ朝飯も飲み物もましてや昼飯も調達していない。現着する前にコンビニにも寄らないと。

気は焦ったがそれにしてもこの眠気はなんだ?どうにも治まらない。中途半端に起きてしまったか。

必死に目を開け、佐久インターで下り国道141号へ、適当な所で買い出しに。既に辺りは白々と明るくなりはじめていた。

気温は8℃。車から降りると冷たい空気に触れブルっとして目が覚めた。

おにぎりにパン、スポーツドリンク、カップラーメンなどを適当に2人分買い込み車に戻ると妻がお目覚め。状況が掴めていないようだったが10℃を切った冷気に一気に脳が稼働したようだ。

一応遅れ気味等々状況説明をし国道18号へ。しばらく走り、坂ノ上南の三叉路を右折し峠道(チェリーパークライン)へ。

途中にはかの有名な浅間山荘がある。ここから入って天狗温泉からも黒斑山、浅間山へと続く登山ルートがありトライすることが可能だ。

浅間山荘といえばあの惨劇はたまにテレビで見る程度で、機動隊が放つ鉄球と放水とで朽ち果てていく姿しか想像が出来ない。次回機会があれば今の浅間山荘を見てみたいものだ。

などと想いを馳せつつ峠は徐々に勾配を上げていった。

峠道はその頂上に高峰温泉や高原ホテル、アサマ2000スキー場などがあるお陰で痩せることもなくどこまでも広々としていて走りやすかった。

またそれにともない景色も道半ばにして絶景を極め、南アルプスから富士山にかけ足下まで雲海が広がり途中何度か車を止めてはシャッターを切った。

陽の光は眩しいくらいに雲海に降り注ぎ雲の絨毯を何処までも歩いて行けそうな気さえした。

それから高峰高山植物園、つつじ園、高峰高原ホテルを抜け登山口のある車坂峠に到着した。

時刻は6時を少し過ぎていた。

標高、1973m、気温は一気に下がり3℃を指していた。加えて風もあり、直ぐにフリースを羽織り防寒をとった。

こちらには何度も足を運んで慣れている筈なのだが、それでもまだ麓が暖かいせいか身体が中々順応せず着込んでも震えがきた。

スタート前から寒さにやられもしたが、それを上回り心は山へとウキウキ(ニヤニヤ)と準備を済ませた。

と、ニヤニヤとした顔のまま忘れ物に気付く。

有り得ない事だが〈山地図〉を忘れてきた。妻にも聞くが幾ら探しても見当たらない。それなりに揃えた資料は持ってきたのだがよりによって肝心要の山地図を忘れるとは・・・。

前段にも述べたがルートリサーチがしっかりしていた為、今回は事なきを得たがやはりその時は多少の不安が過る。次回からは十分気をつけなければ。

完璧で無いのはショックだったが忘れたことを忘れるのもまた早い。

今度は眼下に広がる眺望にやられた。

観光だけで来ていたならここで大満足である。温泉もあり言うことなし!
皆、思い思いに写真を撮っていた。振り返ると既に色づいた紅葉と併せて落葉松の葉が風に煽られて雪のように降り抜群のロケーションだ。

さて色々あったが出発前のトイレを済ませ、ザックを背負い登山道へと続く道へと歩みを進めると〔上信越高原国立公園・浅間連峰周辺案内図〕と書かれた観光用の立派な看板が現れた。

そこであらためて最初のルート確認をし、妻にもルート行程を説明した。

妻には出発以前から言葉で説明をしていたが、実際の図を使って指を辿るとその道のりに驚いたのか閉口していた。

下山までの行程タイムは約8時間。いつも通り長い散歩だがそれだけに遣り甲斐がある。

妻の本音は聞いていないが・・・。

気を取り直し、表・中コース道識前で妻と記念撮影。

写真を撮っていると60代前後の単独行らしき男性に声を掛けられた。

「(コースは)表と中とどちらを行けばいいですか?」

毎日のようにルートシュミレーションをしていたせいで、初めて来たにも関わらず「表コースの方が眺望も道も良くていいですよ」と答えていた。

男性は「そうですか」とこちらに軽く会釈をすると何ら躊躇すること無く表コースに消えていった。が、言ってしまった先から紙ベースの知識だけで物を言うなと反省した。

山で人に質問された時などは余程自信がない限り無責任に話すものではないと分かってはいるのだが、何とはなしに知っている《情報》を喋ってしまう。

《経験と実績》に基づいた話ならば構わないだろうが、そうではない。得意気に話し掛けてくる人も中には居るが、山は恐い場所だけに安易な答えをしてはいけないと山に入るようになって思う。

ルートの難易度、所要時間などは人それぞれ体力や脚力に個人差もあり一概には括れない部分がある。実際に自分も見ると(聞くと)登るとでは大違いと言うことを何度も経験している。

今回は幾点かの反省と勉強、また疑問をこの山と向き合うことで深めていきたいという思いにかられた。

時刻は7時10分。

自分たちは当初の計画通り中コースへと取り付いた。

・・・続く

投稿日時:2010/11/02 19:00:16 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

黒斑~前掛山散歩

黒斑~前掛山散歩
 
   
 
          
 
   
 
          
 
   
投稿日時:2010/11/17 19:11:10 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアフォトライブラリー 

黒斑〜前掛山散歩 <2,404m 〜2,524m縦走> 10.10.23

車坂峠からアタック。
 
快晴、気温3℃、霜と氷。
投稿日時:2010/10/25 20:26:30 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

富士山散歩〈長い下り〉

16時15分、須走口下山ルートから下り開始。

須走口の下山ルートはブルドーザー道にもなっていて道幅も広く、好くならされていた。

傾斜はかなりのものだが、砂埃さえ気にしなければとても歩きやすいコースだ。

しかしながら気にせずには歩けないくらいの酷い砂埃が常に舞い上がるため十分な防塵装備が必要だ。

装備といっても手拭いなどで口と鼻を覆うくらいしか手段はないのだが。

前段、格好よく言ってはいるものの高山病を抱えての下山では砂埃を派手に巻き上げながらサクサクと降りられる訳もなく・・・。

既に酸欠寸前、呼吸は乱れ目眩で視野も暗く狭くなり、疲労感と睡魔、寒気に頭痛に吐き気にと高山病の症状オンパレード。

視界が暗くなる症状は携帯酸素を吸い込むことで解消されるのだが、明るさが戻るのが逆に怖かった。

いずれにしても数歩下っては休み、また数歩進んでは吐き気に魘されと思ったように歩けない。

肩口辺りの倦怠感もかなりのもので、また留まると数秒で意識が遠退き瞼が重く閉じてしまう。

厄介なことに眠りに入ると呼吸は日常のものに戻り、その後突然苦しくなりハッとなって目を開けると100mダッシュしたかのように呼吸が早くなり心拍数も乱れまくった。

それを幾度となく繰り返し、比例するように具合もまた悪化した。

富士登山中に寝てはいけないと何かに書いてあったが身をもって体験した。

下りながら何度も携帯酸素を吸い、ひたすら深い呼吸を意識した。

また、前回の燕岳に行った時に高山病予防に良いと聞いた梅干しを神頼みに口にしてみたが、高山病にかかってしまってからでは効果も得られず無意味にさえ感じられた。

とにかく今やるべきことは高度を下げる。これしかないんだと気合いで歩を進めるのだが意思と体調は別ものでそう都合良くはいかなかった。

何にしろ最後まで自分で歩かない限り終わらない。歩いては休み、歩いては休みをひたすら繰り返した。

その間中ずっと妻は心配そうに自分に寄り添い、気遣いながら励ましてくれていた。

内心ではさぞ面倒臭い奴だと思っていたことだろう。

燕でも妻に心配を掛け、ここ富士山でもやらかしてしまった自分が無茶苦茶悔しく情けなかった。

妻に見守られつつやっとのこと八合目に到着し、この日初めてのトイレ休憩。

因みに自分が2リットル、妻が約1リットルのスポーツドリンクをキャメルバックに入れ飲み続けていたのだが、その殆んどが汗で出てしまって登りでは2人ともに模様すこともなかった。

太陽は富士山の西の彼方に消え、それにより雲海に見事な影富士が浮かび上がった。

体調は相変わらずだが、その様は実に素晴らしく日本一大きな影絵であった。

ここまで来た者だけが見ることの出来るご褒美だ。

装備を再度整え、七合目に向かう。これから先は砂走りに変わる。

砂走りと言っても、御殿場ルートの所謂‘大砂走り’とは違い砂地に大小の岩がゴロゴロと混じっているため、斜面を豪快に駆け抜けるという理由にはいかない。

そしてこの七合目で突然の転機を迎えた。

堪えに堪えた高山病がスパーンと抜けたのだ。
泣きたい程辛かったのがまるで嘘のようにだ。

体調が復活したのは良かったが七合目の半ばで夕闇を迎える。

ヘッテンに灯を点し、注意深く砂場を下った。

驚いたのはその直ぐ直後、他の登山者達だ。グループで来ているようだが誰もライトを使っていない。

まさか持ってきていないのか?皆、恐る恐るといった感じで下っている。

こちらから照らしてあげたかったが自分の足元が危うくなり、そうも出来なかった。

夕闇が過ぎればすぐに闇夜だ。富士山には外灯など明かりになるものは何処にも存在しない。

今夜も満天の星空だが、彼らの足元を照らす照度はキラキラ光る星にはない。

大丈夫なのか?

一抹の心配を抱き行き過ぎたが、その後も同様の登山者を幾人も目にした。

ふと「なぜ?」という疑問が沸き上がる。

誰かに相談しなくてもネットや、山雑誌を見れば登山に最低必要な装備品がズラリと書かれている。

また仮に使わずとも万が一に備えて持っていく、あのワクワク感は出発前に沸いてこないのか?

誰一人思いつかない、持って来ない事が自分には不思議でならない。

登りに掛かる時間が長い分、下りも同じように長いという事を行った〈後〉ではなく行く〈前〉に思い知って欲しいものだ。

頂上3700m超えから、五合目2000m近くまで自力でひたすら歩き続けるのだから・・・。

そんな疑問を抱きつつ、砂上から砂払5合目2300m、林道へと入る。
砂払いとは上手い名前を付けるものだ。

林道は日昼にはその深緑に目も心も癒しを与えてくれるのであろうが、夜の姿は一変していた。

闇夜に照らされた木々はただ鬱蒼と生い茂り、頭に降り掛からんばかりに迫ってくる。

また風も無く、深い眠りについたかのような静寂さは恐ろしいほど不気味だった。

自分たちの歩く音だけが闇夜に異様に響いた。

前後は勿論、目を凝らしても人の気配は無い。木の根に足を取られ転びながらも急いで抜けた。

それから2度ほど砂走りと林道とを繰り返しした。

この頃から「いつになったら五合目に出るの?」と妻から煽られた。

時刻はまだ19時前だが、確かに山頂から下れど下れど辿り着かない。

得意の「道迷い?」とも思ったのだが道も標識もしっかりしている。

とにかく頑張ろうと足場の悪さと闇夜の不気味さから不安になる妻を宥め、未だ見えないゴールを目指した。

それからどのくらい下ったか、林道に入り数メートル進んだあたりで背後から来る人の気配を感じた。

どうやら一人では無いようだ。数人連なっている。
先に行かせようと立ち止まり待った。

この連中も誰一人明かりはしていなかった。

自分たちに近付くと、唐突に話しかけられた。

「五合目はまだですか?」

自分たちも同じ疑問の中を歩いていたため「道は合っているようだから、ひたすら歩いている」とだけ答えた。

よく見ると日本人2名、外人4名、全員が若い男だった。

話を聞くとここまで降りてきたが明かりも無く、目指す五合目にも中々着けず不安になっている。との事。

外人とは呉越同舟、途中で出くわし合流したらしい。

ならばと自分が先頭、妻が最後尾に付き足元を照らし進むことに相成った。

歩きながらあの疑問を投げ掛けた。「なぜ明かりを持って来ないのか?」理由は単純明快であった。

・初めて富士山に来た。
・こんなに遅くなるとは思わなかった。

まぁ答えはそんなものなのだろう。

その後は皆疲れもピークに達し、足元の悪い暗闇で一列ということもあり会話らしいものはしなかった。

ただ最後尾に付いた妻のことだけが確認出来ずにずっと心配だった。

暫く無言のまま歩き続けると突然、前方に希望の光が見えた。

ご来光目的であろう登山者が続々と登ってくる。

すかさず五合目まであとどのくらいか聞く。

あと少しだ。

膝はだいぶ前から悲鳴をあげていて決して足取りは軽くならなかったが少なくとも今までの不安からは解放された。

それから行くこと19時20分、懐かしの古御嶽神社に到着。

彼等とはその先で別れ19時30分、無事に車に辿り着いた。

行き志那には下山したら温泉にでもつかろうなどとお気楽に話していたのだが、疲労困憊それどころではなく最終目的地の自宅を目指した。

体力温存、健脚な妻には予想もしていなかった展開に小言も出たが自分はもう限界だった。

ブーイングの中、一路車を走らせるが日帰り富士登山の疲れはそう易々と自宅には帰らさせてくれず、海老名PAで見事なまでに力尽き朝帰りとなった。

・・・完

投稿日時:2010/10/06 20:51:34 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

富士山散歩〈日本一の感動と‘苦脳’〉

ここが日本で一番高い場所。
ここより高い場所は、国内のどこを探しても存在しない。

皆、一様に写真を撮っている。テレビで見たそれと同じ清々しい顔だ。

ボーっとして奥宮石碑の近くに立っていると何人からも写真を頼まれる。
こちらもお願いして写真を数枚撮ってもらった。

それにしても高い。当たり前なのだが、これでもかと高い。

直ぐそこにある空と、この雲海の遥か下にあろう下界に「ここまで来たんだ」という達成感が、高さを感じると同時にひしひしと湧いて出て胸が熱くなった。

回りの喧騒も風の音も何も耳に入らないくらい、達成感で感動が止まらなくなった。

昔、悪戯に登った時にはただの辛さしかなかった。
遊び半分に来て手痛いしっぺ返しを食らい、頂上に背を向けいそいそと退散しただけだった。

でも、あの時と今とでは違う。

あの頃、あの若さで頂上を踏んでいたら、きっとただの自慢話でしかなかったかもしれない。
恐らくはお馬鹿な写真でも撮って皆に見せて・・・それでお仕舞いになっていたかもしれない。

または仮に頂上を踏んでしまっていたとしたら、今のこの感動を感じることは出来なかったかもしれない。

柵に手をつき、ただひたすら遠くの空を見つめ感慨に浸った。
頭の中が達成感だけで真っ白になり他には何も考えられなかった。

妻が何処に居るのかも気にならないくらい。

それは感動も勿論あったのだが・・・。
違う意味でも胸が押し潰されそうになっていた。

それは登頂前、〈富士山は誰でも簡単に登れる山〉〈これで富士山に登れてもあまり自慢にならない〉〈自分も富士登山ブームに乗ってしまった〉・・・世間の風潮に少なからずそう思ってしまった自分がなんとも情けなかった。

こんなに素晴らしい感動だけを与えてくれた富士山に頭を擦りつけて謝りたいくらい胸が締め付けられていた。

一人我に戻ると妻が笑顔で「やったね!」と手を差し伸べてきた。
妻と握手をし、その満面の笑顔を、目を見た瞬間にどっと熱い涙が溢れた。

止めることはどうにも出来なかった。
柵に向き直り声を殺すのがやっとだった。

見ると妻も貰い泣き。楽しい瞬間だろうに悪いことをした。
はたから見たらなんとも涙脆い中年夫婦の汚ない絵面だったろう。

ところがそんな感動的な場面も束の間、体に一瞬にして異変が起こる。

おそらく泣いた時に一気に血圧が上がり、同時に張り積めていた登頂挑戦の緊張感が全て解き放たれたせいだろう。

あれほど気を付けていた高山病の発症である。

前頭部と後頭部あたりにドカン、ドカン、ドカンと嫌な痛みが走った。
それは昔味わった感覚と同じものだった。

ベンチに腰掛け携帯酸素を吸う。登りながら吸った時よりも効いていない感じがした。

いよいよヤバイかな?と、この時本気で思い始める。

そんな不安が思いきり顔に出てしまっていたらしく、「大丈夫?」と心配そうな妻の声。

「うー、ちょっと頭が痛いかも」と返事をしつつふと隣のベンチを見るとツレに腕を掴まれぐったりと横になる若者が。

状態からすると自分の千倍は辛そうだ。

〈大丈夫か?早く下りた方がいいぞ〉と声を掛けたかったが、グループで来ている事もあり暫し見守ることに。

自分の症状を解析するのも何だが高山病は‘山酔い’とも言われているように、初期のものは船酔いに似ている。気持ちが他に向いていると楽になる。そこから我に戻ると辛くなる。

下山に備え、屈んでスパッツを装着する時などはあからさまに体調の変化が分かった。

まだ寒気はそれほど感じていなかったが、念のため妻とレインウェアの上だけを着た。

体力的、時間的にも今からお鉢巡りで剣ヶ峰(3776m)を挑むことは不可能と判断し、更に気を逸らす意味も込め噴火口を見てそれで帰ろうと重い体を起こした。

酸欠気味のためか噴火口の位置がどこなのか頭の中が一瞬混乱する。

簡単に整理をすれば、自分たちが一番外側にいて山小屋がその内側。
なのでその裏に回りこめば間違いなく噴火口である。

こんな当たり前のことでも思考の低下か?イチイチ迷ってしまっている。

息を切らせ大日岳方面へ少し歩き、下山道標識付近から右手を見ると噴火口の淵が大きく口を開けて待っていた。

噴火口は直径が700m、その深さは約250m。

それは〔大きく口を開けた〕という表現どころではない。

上手く表現が出来ず実際には見てもらうしかないのだが、勝っ手に想い描いていたイメージや教科書に載っている航空写真のそれとは、あまりにその様相は違っており恐ろしく衝撃的なものだった。

噴火口はアリ地獄のような滑らかなスロープ状と思い込んでいたのだが、実際に目にしたものは垂直に切り立ち、底どころか真向かいの西側斜面を見ても5〜60m程度までしか見えない。

おまけに淵周りはトラロープが一本、ぐるっと張られているだけで足下は砂礫で崩れ易く、滑りそうで正直近くまで行って下を覗いてみようなどという気にはなれなかった。

斜面に広がる万年雪や、雰囲気だけを写真に撮り噴火口を後にする。

時間はまもなく16時。陽射しも少し鈍くなってきた。

下山道標識の石碑付近で身支度の最終チェックをし、富士山山頂に別れを告げ、下山道に取付く。

ここから長い死のロードが自分に襲いかかることは、じわりじわりと悪化の一途を辿る高山病で容易に想像がついた。


・・・続く

投稿日時:2010/09/28 21:43:28 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート 

富士山散歩 < 長い登り>

ふじあざみラインを徒歩で登り返すと、辺りが一気に開け本来のスタート場所である五合目に出る。

時間は6時10分、標高は2000m。

昨晩はここまで車で上がってUターンした。当然暗くて何も分からなかったが、そこには富士の頂きが「早く来い」と言わんばかりに見え、その眼下には山中湖や周辺の街並み、遠く峰々が見えた。

五合目時点で既に絶景だ。妻と観光客ばりに写真を幾枚も撮る。

そこから道なりに進むと目の前には数軒の山小屋がまるで峠の茶屋のように道の両側に連なっていた。

店員の呼び掛けに苦笑いで答えつつ、スタートラインに立ち記念撮影。

いよいよだ!妻と気合いを入れる。

歩を進め参道のような小路を少し行くと、石階段に取り付く手前に小富士(1979m)ハイキング道の入り口の標識がある。

そこを通り過ぎて、石階段を上がり鳥居をくぐると大山祗命を祭神とする古御岳神社に辿り着く。

妻とあらためて安全祈願を願い、手を合わせた。

神社に沿うように右手へ進む。ここからが本格的な登山道のようだ。

朝の清々しい空気をたくさん吸い込みながらミヤマハンノキの茂る樹林帯を登る。

道はしっかりしている。

六合目までの標準目安は80分。

・・・ふと以前もこんなだったか?と記憶を辿るがあれから二十余年。当時を思い出せる訳もなくただ一度だけ来たという何となくの懐かしさと、今という現実の大きな新鮮さの中を妻と息を合わせゆっくりと登った。

自分たちの前後にはゴミ拾いをしながら登山する若者たちや、すっかり見慣れた風情の中高年の登山者と抜きつ抜かれつ歩を進めた。

時折、樹林帯の切れた場所から小さくなる山中湖が見え、その度にまた写真を撮った。

そんな小休止を繰り返し、少し息のあがり出した7時35分、六合目2450m長田山荘に到着する。

山荘前は登山者でいっぱいだ。ガンガン行くぞという人々で賑わっている。ベンチに座り暫しの休息。何故か一匹だけの鯉のぼりが風にたなびいていた。

ここから本六合目までの標準目安時間は30分。樹林帯から今度は低木の中を進む。

見渡しも抜群に良くなるのだが、その分陽射しもキツくなった。

深めの呼吸とのんびりペース、早め早めの水分補給をするなど更に意識しながら登った。

山肌は溶岩帯で時々巨大な岩が登山道に陣取っている。油断していると足をすくわれそうだ。

そんな無機質な道の両脇にはシャクナゲやクルマユリ、ムラサキメンヅルといった高山植物たちが夏の終わりを惜しむかのように咲き、心癒された。

そうこうして8時15分、本6合目2700m、瀬戸館に到着する。

ここまで来ると見る登山者の顔ぶれもだいたい固定されたように感じる。

山荘前のベンチで軽い食事を摂った。

ここから七合目までの標準目安時間は60分。低木も疎らになり道もジグザグとした溶岩道に変わった。

道は険しさを更に増し注意が必要となったが、妻との会話・眼下の景色・遠い富士の頂き・いつの間にか目線と同じになった雲と健気に咲くツガザクラ、コケモモ、ミヤマエンレンソウ、ツマトリソウの高山植物などが‘登る’という一連の作業を飽きることなく勇気づけてくれた。

そして9時35分、7合目大陽館に到着。標高も3000mを越えた(3090m)。

息は切れたが、高山病の兆し無し。それが何より嬉しい。

妻は変わらず元気だ。

ここから本7合目までの標準目安時間は60分。
高山植物も厳しい環境を乗り切るかのようにオンタデ、イワツメグサ、ミヤマオトコヨモギなど背を低くしたものが目立つようになる。

順調に高度を上げ10時40分、本7合目3200m、見晴館前に到着。ここから八合目までは標準目安時間40分。

天候は快晴、風も微風で体調にも何の不安も無い。

不安は無いのだが・・・。

それとは裏腹に足取りは実に顕著に疲労の色を見せだした。

登山道も見上げてしまうほどキツい傾斜で、足下は細かい溶岩の砂礫に変わり、砂埃も立ち始め、一変してその様相を変えた。

状況の変化に、情けないが一気に足にきてしまった。力無く時々ズルズルと滑る。その一歩一歩が辛く、立ち止まってしまうことが多くなった。

当然息も今まで以上に上がり、用心で持ってきた携帯酸素のお世話になることにしたが初めて使う携帯酸素は効いているのかいないのか、気休めにもならなかった。

また、いくら酸素を吸っても頂上までの距離が縮まる訳でもなく・・・。

道半ばにして最初の挫折を感じる中、妻だけは余裕綽々といった具合で笑顔で自分を励ましてくれるのだが、申し訳ないが動かないものは動かない。

騙し騙し、いや、休み休みやっとの思いで11時35分、八合目3350m、下江戸屋に着いた。

もう限界、最初の勢いは一体何処へやら。完全に足手まとい状態。

ただ一点頂上を踏みたいという欲望だけは消えてはいなかった。

ここから本八合目までは標準目安時間20分というが、見上げてみて絶対無理だと思った。

歩く時間より休む時間の方が遥かに上回り、12時35分、本八合目3400m、上江戸屋に着く。

こんな中、何を偉そうに分析する訳ではないが富士山では登山者が登山者を見ながらそれに合わせて登る。

周辺で自分と同じペース、自分と同じくらいの体調の登山者を見つけてそれに追随する。

つまり常に見える顔ぶれは一緒なのだ。

絶対に人より早く行こうなんて思わない。この人が止まったら自分も止まり、歩き出すまで絶対に歩かない。

他所の山でここまで合わすことはまず経験がない。街中なら完全に不審人物だ。

それが富士山では苦しいのは自分だけじゃないのだと思わせてくれる。

例外を除いて。

体力の無い同士とはそんな口にも出さない連帯感が沸き上がるのだが、元気ハツラツの妻とはそうはいかない。

先に進もうよオーラがびんびん伝わってくる。

プレッシャーだ。

「俺のことはもういい。お前だけでも生き延びるんだ。」

そんなドラマのようなセリフが胸を突く。

九合目も20分と言うのだが。

妻の手を足を全てを引っ張り、13時05分、八合五勺3450m、御来光館に倒れるように到着。

過去の記録を更新した。
もっと元気に更新したかったのだが。

ここからは今までにも増して更に傾斜がキツくなった。

これまでが散々な状態。気持ち的には這って行きたい気分だ。

携帯酸素の出番も頻繁になったが、高山病になっていないのがせめてもの救いだ。

九合目までは20分!とは言うもの・・・道のりはトホホである。

残ったのはわずかながらの気力の中、13時55分、九合目3600m、迎久須志神社の鳥居まで来た。

景色を楽しむことも出来ず、妻の掛け声にも笑顔で答えられず、ただただ苦しいだけの登山だったが、ここまで来ると「キターーーッ」といった感覚に暫く振りにテンションが上がった。

見えるもの全てが変わった。ここには本当に神が宿っているんだと改めて確信した。

それから、でも、やっぱり這いつくばりながらの30分。

14時30分に最後の鳥居を相変わらず元気盛り盛りの妻と一緒に手を繋いでくぐり、14時35分富士山本宮浅間大社東北奥宮、標高3720m・須走口富士山山頂を踏んだ。


・・・続く

投稿日時:2010/09/17 20:46:23 投稿者:【PATEPEN】
カテゴリ:アウトドアレポート